突撃隣のアイドル候補生

自作SSを載せたりニコ動のお気に入りやiM@S【MAD】を紹介してみたり。

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千早SS 「Trumpetter's dream」

千早が恋をする話。
千早が千早っぽくない気がしないでもない。そして長い。



「ふぁ……」
と大きなあくびをして屋上に向かう。今の時刻は朝の7時ちょっと過ぎで、もちろん他の生徒はあんまり来てないし、まだ夢ん中だっているだろう。正直、俺だってもっと眠っていたい。
じゃあ、何故こんなに早く来るのか?
表向きは、吹奏楽部の朝練(と言っても個人練習だが)。

だけど本当の理由は……

ぎぃ、と錆び付いた屋上のドアを開ける。ドアから朝特有の風が俺を撫で、眠気を軽く吹き飛ばしてくれた。
そして屋上に足を踏み出す。

う……眩し……

俺は軽く目をつぶり、薄く目を開けた。

しかし俺の目にはもっと眩しい存在が映った。

それはフェンスに寄り掛かり、綺麗な長い髪を風になびかせて空を見ていた。
その見慣れた『少女』の姿が俺の胸を騒がせる。
いや……『少女』というより『アイドル』と呼んだほういいだろう。

なんせ今をときめく『如月千早』なんだから。

そんな彼女は、俺こと『高橋彼方』の好きな『アイドル』であり……

好きな人、だ。


『Trumpetter's dream』


「よ、如月」
と、俺がトランペットの入ったケースを片手に声をかける。如月は空に向けていた視線を俺まで落とした。
「毎日すごいのね、こんな朝早くから練習して」
風を孕んで踊っている髪を片手で整えながらそう言った。
「如月のほうがすげぇよ。朝、ランニングしてるんだろ?」
「えぇ、でも体力作りは大事だから……ふふっ」
そして如月は急に俺を見て笑い出した。
「な、なんだよぅ?」
その笑顔がテレビを通してじゃなく見られることが嬉しくて、それが自分だけに向けられていることが嬉しくて、

胸が尚更騒ぎ出す。

「トランペットだけだと、太っちゃうわよ?」
「うぐ……」
痛いところを突かれた……たしかにちょっと太ったかも……
「善処します」
すると如月は一度頷き、少し真面目に言った。
「そうね、ランニングは肺活量もつくから一石二鳥よ」
「ハイ、ガンバリタイトオモイマス」
わざと棒読みでそう言ってから、俺は楽器ケースからトランペットを取り出した。
軽く口を震わせて、マウスピースで音を出す。その間、なにやらずっと視線を感じた。
しかし屋上には俺と如月しかいないわけで……
「なんか……やりづらいんだけど」
マウスピースを唇につけたままそう言った。
「え、あ、ごめんなさい」
如月は、はっとしたように謝って俯きながら顔を赤らめた。いつもクールな如月が珍しいリアクション。
「これ、興味あんの?」
マウスピースを指差して質問してみた。
「え、う、そ、そんなことは……」
おーおー、あの如月が目を泳がせて慌ててるよ。
俺は堪え切れずにくくく、と笑ってしまった。
「もう……笑わないでよ」
如月が赤い顔のまま抗議してきた。
「わりぃ、ちょっと新鮮だったからさ」
まだ少し笑いながらそう言い、予備のマウスピースを如月に渡す。
「ほれ」
「いいの?」
「楽勝」
「……ありがとう」
短いやり取りの最後は、如月の柔らかい笑みだった。
俺は顔を反らしながらどういたしまして、と返した。

まったく……さっきの如月と一緒じゃないか。
熱を感じる頬を見られるのは恥ずかし過ぎる。

そっぽを向いたまま、俺はトランペットに自分のマウスピースをつけた。そして初心者如月にアドバイス。
「タコみたいな口だといつまでたっても音でないぞ」
「え、う、」
「見なくてもわかるよ?初心者は誰もが一度はやるからな。気にすんな」
そして俺は、マウスピースに懸命に息を吹き込んでいる如月を横目に、基礎練習のメニューを考えながらロングトーンを始めた。

朝の静かな空気の中に俺の音が染み渡っていく。
さらに遠くの空気までそれが広がっていく感覚。
それらを全身に感じる。

「気持ち良さそうね?」
声が届かないと思ったのか、俺のすぐ横に如月がいた。

心臓が跳ねる。

ちょっと音をはずしたけど俺は空に、空気に、音を染み込ませ続けた。
そんな俺を見て、如月は再びマウスピースにチャレンジし始める。
基礎練終わったら教えてやるからな、如月。



「くっ……」
と言いながら如月はマウスピースを返してきた。
俺が教えても如月は一向に音がでなかった。
「ま、楽器は向き不向きがあるからさ」
「でも……」
悔しいわ、と如月はぽつりとこぼして顔を曇らせた。
「そだ、なんで急に楽器なのさ?」
「えぇ……昨日、プロデューサーの家に行ったらトランペットがあったの」
「ふーん……って、プロデューサーって男じゃなかったっけ?」
家に行った……まさか、な。
「男性よ?」
「ほぉ……随分仲がいいんだな」
「そうかしら?……ふふ」
何気なく言った言葉に、如月は嬉しそうに微笑んだ。
「そのプロデューサーとやらには教えてもらわなかったのか?」
「えぇ、手入れをしっかりしてあるのが私にもわかったの。だからなかなか触らせてくださいとは言えなかったわ」
「俺も結構手入れしてるんだけどなぁ?」
軽くからかってみると……
「ちょっと、吹いてるところ見たかったかな……」
うわ、スルーかよ。
「俺の吹いてる姿で満足しなさいってことだな」
「ふふ、じゃあ私とこんな風に話してる時間も無しで吹き続けてもらおうかしら?」
「朝からそれはきついっす」
「あら、口だけなの?」
「金管楽器だけにな」
今度は俺と如月の笑い声が朝の空気に染み渡っていった。



そして、チャイムが鳴るまで如月はいつものように俺の横で発声練習をし、俺もいつものように基礎練習をして過ごした。
「じゃ、今日も一日頑張りましょー」
「えぇ、そうね……でも私、午後からレッスンがあるから4時間頑張るだけね」
「またレッスンか、大変だなぁ……それにしても最近多いな。なんかあるのか?」
「ん、まぁ……ね」
そういった如月の顔は何だかとても……切なそうだった。
「彼方君?早くしないと遅刻扱いになっちゃうわよ?」
「ん、あぁ……そうだな」
如月の切なげな顔がやけに気になったが、俺はクラスに戻った。遅刻してないのに遅刻扱いってのは納得いかないからな。



「つまり、ここにあてはまる接続詞はですね……」
おじいちゃん先生の国語ほど眠くなる教科はないだろう。
「だる……」
ぼそりと呟いて窓からグラウンドを見下ろす。窓際の席の特権を今日も濫用することとしよう。するとどこかのクラスが体育をやっているのが見えた。

……ありゃ如月のクラスだな。なにやってるんだ?マラソンか?じゃあ毎朝走ってる如月の独壇場じゃん。あ、でもさすがに陸上部には勝てないか。……ん?如月の前にいるやつ速いな……あの走り、陸上部か?手の振り、あの爪先で土を掴むかのような走り方!……いや、全然わかんないんだけどさ。それでも俺に分かる唯一のことは……うん、すっごい揺れてるってこと。いやぁ、絶景かな絶景かな。目の保養になるわー。しかしその後ろの如月は…………ま、しょうがないよな。うん。あの陸上部の子には夢が詰まってて、如月は夢を与えてるんだもんな。アイドル的な意味で。うん。与えてるんだから無くてもしょうがない。しょうがないんだ!……だがしかし、如月!俺は大きすぎるのもどうかと思うぞ!事実、このクラスの三分の一が巨より貧を指示していてだな……毎日、熱い論争が……



「たぁかぁはぁしぃ!」
「はいぃぃ!?」
意識を授業とは別の方向に飛ばしていた俺は、おじいちゃん先生の呼びかけに椅子を倒す勢いで立ち上がってしまった。
「何回呼んだと思ってる!」
「す、すみません!」
「今を何の時間だと思っとるんだ!外を見る時間じゃない!罰として授業が終わるまでそこに立ってろ!」
くすくすと周りの笑い声が聞こえて顔が熱くなる。
こんのじじぃ……授業の声は抑揚がなく小さいくせに怒るとやたらと大きな声をだしやがって。
はぁ、ったく……ほんとツイてない。俺は残り40分も立ったままなのか……
ちらりとグラウンドを見ると、如月は二位でゴールしたようだった。さすがに陸上部には勝てないか……でも善戦したよなぁ。お疲れ、きさら……
「あてっ!」
また外を見ていたのがばれたらしく、飛んで来たチョークが俺の眉間に直撃した。
「いい加減にせい!」
先生は激怒し、クラスは笑いの渦。……ホント、ツイてない。



「あたたた……」
なかなか40分立ったままってのもきついもんだ。
いつもならこの昼休みは友達とグラウンドでサッカーをしているのだが、今日は申し訳ないが体を自由に動かせなさそうなので断った。眉間もちょっと痛いし。
しかし、そのおかげで昼飯がゆっくり食えるっていうのはなかなか嬉しいことじゃないか。
なんて考えながら鞄の中を手で探るが……
「……ない」
おそらく俺の弁当は俺に食べられるのを今か今かと我が家のテーブルの上で待っているんだろう。
「……最悪」
すでに昼休みが始まって10分。戦場の地といっても過言ではない昼休みの購買。
めぼしいものはこの時間じゃあ売り切れているだろう。
だが何も食べないわけにはいかないし……しょうがない、行くしかないか。
俺は軽く足を引きずりながら購買へ向かった。



購買には奇跡的に俺の好きなメロンパンが残っていた。なんとか昼飯を食いっぱぐれることはないようだ。
そしてクラスに戻ろうとしたとき、見知った後ろ姿が視界に入った。
「如月っ!」
それは、さっきマラソンで陸上部相手にかなり食いついていた肉体派アイドルだった。
「あら、彼方君。どうしたの」
「昼飯買いにきたんだよ。如月は……あぁレッスンか」
「えぇ、プロデューサーが迎えにすぐそこまで来てるの。だから申し訳ないんだけどあんまり話してる暇もないの」
「はいはい、俺も早く飯食いたいからな。もうクラスに……」

きゅ~

「戻るよ」と言う言葉は謎の音によって掻き消されてしまった。
「あ……」
と言って如月の顔が真っ赤に染まる。
「し、しょうがないじゃない!4時間目体育で、マラソンで、陸上部が目の前にいて……もう、お腹が空いているのよ!」
頬を染めて焦りながら、そんな言い訳をする。俺は堪え切れずに笑い出してしまった。
「くっ……もう行くわ!」
ぷい、とそっぽを向いて俺の横を通り過ぎる如月に
「ちょっと待った!」
と呼びかける。如月がこちらを振り返る。
「飯、あるのか?」
「レッスン前にコンビニに寄るつもりよ」
「そうか、じゃ、ほれ」
と言って放り投げたメロンパンを如月が両手で受け取る。
「レッスン、頑張れよ!」
ちょっと照れながらそう言った俺に如月が答える。
「……ありがたく頂くわ」
「味わって食えよ?」
「……えぇ、この借りはいつか必ず返すわ」
そして如月もちょっと照れたようにそそくさと玄関へ向かった。
「さて、昼飯が無くなったわけだが……」
如月の照れた顔が見れただけでお腹一杯、かな。
それにメロンパン一個であの如月に借りをつくれるなら安いもんだ。
俺は購買へ戻り、100円のメロンゼリーを買ってクラスに戻った。
下り階段と上り階段でこんなにも足への負担が違うことを噛み締めながら。



「プロデューサー、お待たせしました」
助手席のドアを開けて、車に乗り込んだ。
「学校お疲れ様、レッスン、大丈夫か?」
「えぇ、そんなに体力は消耗してないので」
授業に体育があったけど、鞄の中にある彼からもらったメロンパンがあれば何時間だって踊れる気がする。
「昼は食べたか?」
「いえ、まだですが、コンビニに寄ったりはしなくて結構です」
そう言って私はメロンパンを鞄から出し、袋を開けた。
「お、千早がメロンパンなんて珍しいな」
「えぇ、学校で友人から貰いました」
するとプロデューサーは苦虫を噛んだように「友人……か」と呟く。
その表情の理由を私は知っている。
だから敢えてそれを聞いたりはしない。
それに、今は私もあまり聞きたくない。
だからそんなプロデューサーを気にせずに私はメロンパンを頬張った。
「……おいしい」
その感嘆はたぶん味だけが要因じゃない。
むしろ私の個人的な感情のほうが大きいだろう。
そう、その感情はきっと……

朝の屋上で初めて彼を見たとき、彼のトランペットを吹く後ろ姿を、彼の吹くトランペットの美しい音色を聴いた時、芽生えたもの。

まさか私が……と思ったけど否定できない自分がいた。

一目惚れ、だった。

それ以来、朝から学校に行ける日は必ず屋上にあがるようになった。
そして何回も彼と朝のひと時を過ごしているうちに、普段の私と違う私に気付いた。
今思うとそれが本来の私、如月千早だったのかもしれない。
彼の隣だとアイドルだとか親の不仲だとか、そういうしがらみを忘れさせてくれるのだ。
それがすごくすごく心地よくて……ついつい、いつまでも彼のそばに居たくなってしまう。
彼の楽器の音が、声が、笑顔が……私を癒してくれる。

「千早、顔がゆるんでるぞ?」
はっ、となって私は赤くなった顔を窓の方に反らした。
「プロデューサー!人の顔を盗み見ないでください!」
「そうか……この間、あずささんに相談してたやつからもらったんだな?」
今度はびっくりしてプロデューサー見る。
「あずささんがな、まるで妹のことのように『千早ちゃんに好きな人ができた』って嬉しそうに俺に報告に来てくれてだな」
「あ、あずささん……」
私はがっくりと肩を落とした。
これはもう、事務所みんなが知ってるんじゃなかろうか……
「それで、もう付き合ってたりするのか?」
「プロデューサー!?」
「ははは!いや、ごめんごめん。ちょっとからかってみただけだ」
「プロデューサーには関係ないでしょう!」
「ま、その様子じゃあまだみたいだな」
まったく……あずささんといい、このプロデューサーといい……どうして人の色恋沙汰が好きなんだろう……
「それで、そいつには言ったのか?」
「まだ言いますか、プロデューサー……」
「告白したかとかそんなことを聞いたわけじゃなくて、だ」
「あ……」
そうか、あのことか。
「まだ、です」
「……友達なんだろ?」
プロデューサーの真面目な声に、私は頷きながら「はい」と答えた。
「それも大事な友達なんだろ?」
「……はい」
「じゃあ、」
「わかってます」
わかってはいるけど……
ふ、とまだ食べかけのメロンパンに視線を落とす。
私はまた一つ自分の居場所が無くすことが怖い。
だけどそれ以上に、彼の側に居られなくなることのほうが……
「千早の気持ちも分かるけど、なんも伝えずに別れるのが一番辛いぞ?」
「そう、ですね」

「海外デビューの話、ちゃんとしとけよ?」

「……はい」
私は一気にメロンパンを口に押し込んだ。



放課後、俺は上機嫌でチャリをこいで、とある場所に向かっていた。
その目的地であるCDショップに着き、チャリを留めて中に入ると
『如月千早!待望の新曲!』
という文字が躍るフリップの下にそれはあった。そう、今日は如月の新作発売日。
俺は早速手に取り、ジャケットを見てみる。
学校とはまるで違う印象で、こっちの方は格段に大人っぽい。
……こういう如月もいいよなぁ。
と、ちょっと見とれてしまう俺がいた。
いやいや、じっくり見るのは家に帰ってからにしよう。
俺は他にもCDを見繕い、そそくさとレジで会計を済ませることにした。
店員の事務的な声を聞き流していると、後ろの中学生くらいの女の子二人の会話が耳に入った。
普段ならやはり聞き流すところだが、その二人はどうしても聞き流せない内容の話をしていた。

「このシングルが日本で最後の新曲になるらしいよ?」
「海外デビューだもんね……何か寂しくなるねぇ」

……この新曲が日本で最後?海外デビュー?
俺は嫌な予感がしてちらりと二人の持っているCDを盗み見た。……そこにはさっき見とれてしまった如月千早が、同じ恰好で写って、いた。

如月が……海外デビュー?
日本から、学校から、あの屋上から、いなくなる?

「お客様?お客様!?」
店員の困ったような声が俺の思考をストップさせた。
「あ、すみません……」
俺はお釣りを受け取り、CDショップ後にした。
レジから離れる際、後ろ二人に怪訝な顔をされてしまったがそんなことなど気にせずにもう一度二人のCDを見た。

やっぱりそこには俺の好きな如月が『如月千早』として輝いていた。

……いや、ただの間違いかもしれない。家で詳しく調べてみよう。

俺はチャリに乗って帰路を急いだ。
あぁ、どうか間違いであってくれ……



だが、そんな希望はすぐに打ち砕かれた。
家に着いて、ネットで調べれば調べるほど……それは事実として俺の前に立ちはだかった。
「マジ、かよ……」
俺は仰向けにベッドに倒れ込んだ。
そして部屋で流れている音楽はさっき買った新曲。
如月は力強く歌っているが……歌詞は切ない別れの曲。
「目と目が逢う、瞬間好きだと気付いた……か」
まったく、……俺のことじゃないか。

ある朝、いつものように俺が屋上で部活の、トランペットの練習をしていた。
そしてこれまたいつものように練習曲を一曲吹き終わったところに、突然後ろから拍手が聞こえてきた。
俺はびっくりして後ろを振り返ると、そこにはテレビでよく見る人物が立っていた。

「すごく、うまいのね」

そして発せられたこの一言とその笑顔に……俺は一瞬で心を奪われた。

そう……一目惚れってやつだ。

こうして朝の屋上に行く理由が一つ増えた。
今は逆にこっちの方が大きな理由になっている。
しかし、それももうすぐ……
「終わり、なのか?」
俺は目を閉じた。
明日の朝、俺はどんな気持ちで起きるのだろうか。
そんなことを、考えながら。
意識が沈んでいく中、耳にしたのは……


…もう二度と、逢えないと、さようならする…



次の日の朝、屋上に如月は現れなかった。それがやけに気になって、楽器にはいつものような音の伸びがなかった。まるで空気が俺の音を拒否しているかのような感覚。
……あまり調子がよくないな。
ということで、ルーチンワークのように基礎練をし、チャイムがなる五分前にトランペットを片付ける。そして校舎内へのドアを開けると
「……ん?」
足元に一枚のルーズリーフが落ちていた。
それを拾い上げてみると、真ん中の段にやけに几帳面な字で

放課後、屋上で

そしてその横に

如月 千早

と小さく書いてあった。
「……ったく、来てたんなら言えよな」
そう毒づいて、ちょっと安心。まだ如月と話しができるということに、だ。
「でも、これじゃあまるで……」
深刻な、感じじゃんか……
HR開始のチャイムと同時に嫌な予感が頭をよぎった。



朝の嫌な予感からか、今日はいつにもまして授業に身が入らなかった。早く如月と話がしたいという気持ちと話したくないというのが攻めぎあい、頭がごちゃごちゃだった。
昼休みも昨日同様サッカーを断って教室でゆっくりと昼飯を食べた。さすがに昨日と同じ轍を踏まず、弁当はしっかりと鞄に入れてきた。
「ごちそうさま」
食べ終わってから、一応作ってくれた母さんに礼をしつつ、窓からグラウンドを見下ろす。誰かがシュートを決めたみたいだ。
……やっぱり外で動けばよかったかな。そうすれば、少しは頭もすっきりするかもしれない。
じゃあ少しでも風に当たろう、と窓を開けてみる。そよそよと風が俺のあまり長くない髪を揺らす。
それでもやっぱり考えるのは……如月のこと。そして、そんな中でふいに口をついて出てきたのは

「……目と目が逢う、瞬間、好きだと気付いた」

新曲の歌詞だった。

「……あなたは今、どんな気持ちでいるの」

……如月は何の話をしたいんだろう。

「……最後だけ、少しでも見つめたい」

如月はあの待ち合わせの手紙を書いてた時、何を考えていたんだろう。

「……去ってゆく、愛しい後ろ姿に」

如月はこの切ない別れの歌をどんな気持ちで歌ったんだろう。


でもきっと、何より俺が気になってるのは……


「もう二度と、逢わないと、さよならする」


如月は、俺のことをどう思っているのかってこと。


グラウンドでは、またシュートを決めたやつがいて、みんなに叩かれながら祝福されていた。
……やっぱり外、行けばよかった。
そんな俺の気持ちとは裏腹に、のんきな音でチャイムが昼休み終了を報せた。
……放課後まで、残り二時間。
窓を閉めて席に座る。風が止み、髪の揺れはおさまったが、俺の心はさっきよりも揺れていた。



掃除も終わり、ついに如月との約束の時間になってしまった。
俺は軽く覚悟を決めて帰りの準備をし、鞄とトランペットを持って屋上へ向かった。如月に会うために屋上へ行くのには、やっぱりトランペットが必要な気がしたから。
教室を出て屋上への階段を一段、また一段とのぼるにつれて、鼓動が速くなっていく。
最後までのぼり切り、屋上へのドアに手をかける。普段使われていないドアが重い音を立てながら開いていく。
そして開いたドアの向こう側には

「待ってたわ、彼方君」

如月千早がいつもの朝と変わらない様子で佇んでいた。
「よっ、急に呼び出してどうした?」
……多分声も裏返ってないし、いつも通り言えたと思う。
そんな普段通りを演じた俺に返って来た答えは意外なものだった。

「トランペット、吹けるようになりたいの」

「……へ?」
今のはきっと普段より間抜けな声だったと思う。
「昨日吹けなかったのが悔しかったから……ね」
……なんだ?俺が心配してたことなんて全て杞憂だったのか?
「もしかして、マウスピース余ってない?」
「いや、あるけど……」
海外デビューの話じゃないのか?
とは言えなかった。目が本気だったからというのもあったが……言いたくなかった、のほうが正しい。
「……ったく、しょうがないな」
俺は如月のそばまで行き、楽器ケースからマウスピースを二つ取り出す。
「こっちを使ってくれ」
と言って渡したのは、昨日の朝にも如月が使ったほう。
「ありがとう」
「いいか、まずは……」
こうして俺と如月の特訓が始まった。昨日は朝ということもあってあまり深く教えることができなかったが、今日はとことん付き合ってやろう。
「まず最初に、如月は歯並びとかも特に問題ないから……」
俺の言葉に如月は真剣に耳を傾ける。
「それで口の形は……」
本当に真剣に、真剣に、
「こうかしら?」
「そう、その口の形!」
ああでもない、こうでもないという俺の説明を。
「あ……!」
「お、ようやくマウスピースで音出たな」
「ふふ……うれしい、ものね」
なんでこんなに真剣なんだ?俺の心配は杞憂なんじゃないのか?だったら毎日教えられるだろ?
「っと……やっぱり本体は重い……」
「そんで、持ち方は……」
明日も、明後日も、
「さっきの口の形を忘れずにな」
「わかったわ……」
いつもいつでも教えられる。
「くっ……」
「ま、最初だし、マウスピースで音を出せただけでも上出来だ」
そりゃあ如月の仕事が今以上に忙しくなったら無理かもしれないけどさ。
「でも、今日吹けるようになりたいの」
「そう、か」
『今日』。その言葉にはどんな意味が込められてるんだ、如月?
ふと気付く。如月に接している俺と、そのやり取りを冷静に見ている俺がいることに。
……一体どっちが本当の俺なんだ。
その問いの答えも如月の考えていることもよく分からずに特訓は続けられた。



如月の構えたトランペットからしっかりとした『ド』がでたのは、特訓開始から既に4時間が過ぎ去ろうとしていた頃だった。
「今の音、すげぇよかった!」
「本当?」
あぁ、と俺は大きく頷く。その答えに如月は満足そうに笑った。
「ありがとう彼方君」
どういたしましてのかわりに、俺も如月に向かって笑顔を向ける。
これで特訓終了だ。気付くと如月が持っているトランペットが夕日に朱く染まっていた。
「もう夕暮れだな」
「えぇ、そうね」
如月が楽器をケースに仕舞い、フェンスに寄り掛かる。
「……綺麗ね」
遠くの夕日を見つめながらそう呟く。俺も如月のようにフェンスに腕を乗せて夕日を見た。
「限られた時間にしか見れない儚いものだから、なおさら美しく見えるのよね」
「儚い、ねぇ……詩的だな」
「一応、歌手……いえ、アイドルなんだからそれくらいは、ね」
如月が得意そうに、満足そうに胸を張った。
「そんなアイドル、如月千早のファンがここに一人いるぞ」
「ふふ……彼方君もドームをうめつくすファンの一人に過ぎないわよ」
くすくすと笑いながら如月に軽くあしらわれた。むぅ……なんだか悔しい。
「でも、今度はもっとファンができるわ」
「え……?」
如月は夕日に向けていた視線を俺に移して、告げる。今にも沈みそうな夕日が彼女の長い綺麗な髪を橙色に染めていた。その姿があまりにも綺麗で……

「海外デビューが決まったの」

聞き逃しそうになった。いや、聞き逃したかった。……聞きたく、なかった。
「やっぱり、か」
「……知ってたの?」
「昨日な」
「そう……」
そして如月はまた夕日を見つめる。
俺はその横顔を見ながら考える。今、何を言えばいいんだろう?
「頑張れ」か?
「さすが如月」か?
「体には気をつけて」か?
違う。違うだろ。

考えるまでもなく、言いたいことは決まってる。

この気持ちを伝えずにさよならなんて、絶対後悔してしまう。

「如月っ、俺、お前が……」

しかし俺の言葉は如月の言葉によって遮られてしまった。


「私、彼方君、あなたが大嫌い」


……え?
あまりの出来事に声を発することが出来なかった。
俺、嫌いって言われた?
「あなたのことが大嫌い」
もう半分以上が見えなくなった夕日を見つめながら如月は二度「大嫌い」と言った。

「あなたのトランペットを吹く姿が嫌い」
「あなたのトランペットの音が嫌い」
「あなたの声が、笑顔が、髪型が、私を呼ぶ声が、私を見る目が……全部嫌い」
「き、さらぎ」
「嫌い嫌い嫌い……」
数えるのも嫌になるくらいの嫌いを言う如月。だけど……

「嫌い…きらい…っく、き、らい……きらい」

だけど、その頬には夕日の橙を帯びた涙の粒。
「うぅ……っく……」
そして聞こえてきた鳴咽。
「如月?どうし……」
そうして肩に伸ばした手は、届くことなく払われてしまう。
「お願い!優しくしないで……」
まるで悲鳴のように叫び、ぎゅっと自分を両腕で抱きしめる。
「嫌いにならなくちゃ……私、海外になんて行けないわよ……」
「え……?」


「だって……だってこんなに好きな人と離れるなんて……耐えられっこない……っ」


その言葉と涙にドクン、と心臓が波打つ。
如月も俺のことを……
そう思うと、体は勝手に動いた。気持ちを抑えるかのように自分を両腕で抱きしめる彼女を、俺がその上から包み込んだ。
「かな、た……くん」


「俺も、如月が……千早が好きだ」


「う……ぁ……」
「屋上で俺と話をしてる時の千早、アイドルとしてCDジャケットに写ってる千早、テレビでの笑顔も俺に向ける笑顔も、トランペットを熱心に練習する千早も、歌を歌ってる千早も……全部、全部好きだ」
千早はひっくひっくと鳴咽をもらしながら、ゆっくりと俺の背中に手をまわしてきた。
「だから、嫌いになるなんて……言わないでくれよ」
「ごめ、んなさい」
ぎゅっと千早が腕に力を込める。もちろん俺もそれに返事をするかのように、より強く抱きしめる。
「……泣き止むまで、待ってるから」
俺の胸の中で千早はこくりと頷いた。

気付くと夕日はもう橙色の光しか見えなくなっていた。その光が学校の屋上を横から照らす。そこには抱き合う二人の影。そしてトランペット。橙は二人を優しく包み込んでいた。



互いの想いを確かめ合ったあの日から一週間後、千早は日本から飛び立った。
俺達は特に付き合うわけでもなく、今まで通りだった。千早は無理をして学校に毎日来て授業を受けていたし、朝の屋上で過ごす時間もいつもと同じように過ぎていった。もし変わったことがあるとするなら、それは千早が俺を『彼方』と呼び捨てにするようになったことだけだ。

「朝練、終了……と」

そして今、千早がいなくなってから、一ヶ月が経とうとしている。
彼女とは週に一回程度でメールのやり取りをしている。その文面からはだいぶ向こうの生活にも慣れてきたところがうかがえる。

「元気、かなぁ」

千早と一緒に見た空が今は一人っきり。温かい日差しが差し込む中、俺の心に少しばかり冷たい風が吹いた気がした。

「っと、感傷に浸ってる時間はないな……」

それはHRが始まるということと、いつまでも千早を思い続けるだけの時間は無意味だということ。

会いに行く。

この一ヶ月で俺はそんな結論に達した。しかし、それはただ会いに行くわけではもちろんない。
彼女と同じステージに立てるようなトランペット奏者として、だ。
何年かかるか解らない。むしろプロの演奏者になれるかすらも危ういところだ。

だけど、

もう一度空を見上げる。一人っきりで見上げた空、今度はなぜか希望で満ち溢れている気がした。だって、千早と俺は同じこの青い空の下で過ごしているんだから。

「待ってろよ、千早」



Trumpetters“beautiful”dream

fin.
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この記事のコメント

このコメントは管理者の承認待ちです
2010-02-05 Fri 08:35 | | #[ 編集]
このコメントは管理者の承認待ちです
2012-11-04 Sun 11:21 | | #[ 編集]
このコメントは管理者の承認待ちです
2013-02-03 Sun 01:49 | | #[ 編集]

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